TOKOSHIE / Sakana Hosomi

もしもあなたに天使を見分けられる特技があるのなら、『とこしえ』で本物の天使に会えるだろう。
仮にそうでなかったとしても、作品に触れた途端、これがこの世で最も美しい音楽のひとつだと容易に気づくはずだ。



細海 魚は北海道・中標津町で生まれた。10分も車で走れば白樺の原生林が広がる、言わば"辺境"で育った。
雪に閉ざされた凍える窓枠から、彼は何を視てきたのか?
それは窓ガラスに映る天使自身の姿なのか、ブローティガンやサリンジャー、アップダイクといったアメリカ文学の中に見られるひねくれた主人公が映り込む像だったのか……。
国内における数々のユニークなアーティストらとのコラボレーションを経て、プロデューサーとしての地歩を固めながらも永い時間の中でこつこつと描き上げていった一葉の絵がここに完成した。"リビングルームミュージック"とも呼べるきわめてプライベートなこの世界に、新居昭乃、保刈久明、あらきゆうこ、清水ひろたかといった海外でも高い評価を得る異色音楽家らが客人として絵の具を塗り足していく。
小さなオルガン、団地で遊ぶ子らの声に鳥の声、椅子は軋み、お湯が沸くその傍らに、小さなひだまりのように<とこしえ>は在る。
ジャケットの版画に描かれた叢は雪解けの光と凍土の闇を同居させ、細海の眼差しをやさしく受けとめているよう。北の原生林の中で密かに膨らむ小さな空間は<とこしえ>への入口でありながら誰にも入ることのできない聖域なのだ。
「にじます」「辺境の庭」「雨とストーブ」といったタイトルから放たれる小世界は、どこか福永武彦や庄野潤三といった戦後の作家たちの短編小説を思わせないだろうか。とくに説明もなく、答えは留保されたまま、ただそこに漂う。そんな文学性がこの『とこしえ』のそこかしこに見え隠れする。
好むと好まざるとに関らず<現代人>と呼ばれながら暮らしている私たちは、かつて世界中に生息していたはずの天使を見分ける視力を失いつつある。しかしここに、天使が今も生きていることの証明書が一枚。本作『とこしえ』がそれである。

-- <焚火社・想像家> 外間隆史






とこしえ / 細海 魚

1 行先
2 alone@woods II
3 Cloudy November
4 Light Lungs Float
5 にじます
6 辺境の庭
7 ホームシック
8 North Marine Drive
9 雨とストーブ
10 Clairvoyance II


Music by Sakana Hosomi(All Instruments)

With :
Akino Arai : Vocal (Track 4,6,8)
Yuko Araki : Poetry reading (Track 2)
Masanobu Asano : A.Sax (Track 6)
Hisaaki Hogari : A.Guitar,E.Guitar(Track 6,7)
Mitsukuni Kohata : Flugelhorn (Track 3,6)
Hirotaka Shimizu : A.Guitar (Track 4)
Tetsuro Yasunaga : Electronics(Track 5)


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とこしえ / 細海 魚


私たちは生まれつき<現代人>と呼ばれて今日まで生きてきた。

甘やかされ、ひどく忙しい時期を過ごし、どこか冷めた気持ちを抱えつつも懸命に生き、目を覆いたくなるような政治や現実にも<現代人>としてそれなりに応対しながら。

ある時から私たちは<疲れた現代人>へと変容を遂げ、<癒し>を格好の糧として求めたが、やがてそれにすら疲れた。

そんな現代、2013年が音楽界の一部において近年例にないほどの豊作を迎えていることに<現代人>はまだ気づけていない。それがあまりにも微かな胎動であるからだ。

細海 魚『とこしえ』は、その豊作年の最後尾にしずかに発表されることになった。

本作にも参加している保刈久明の初ソロ作品『DOZE』が瞠目の傑作であったことに加え、このふたりが今年発足したばかりのピュアハートレーベルから同年に作品を発表するということは音楽界にとってきわめて明るいニュースであり、その意義の大きさは計り知れない。

それらが、決して多くの大衆へ向けた消費型商業音楽ではなく、限られた人々の心へ確実に定着していく名盤と呼ばれるに相応しい作品の誕生だからである。

両者を繋ぐキーパーソンは言うまでもなく新居昭乃だ。

レーベルプロデューサーであり、『とこしえ』では3曲の歌唱を担当。白く霞む朝の光を思わせるその特徴的なボーカルによってアルバム全体のもつしずかさをあくまで控えめに支えている。逆算的ではあるが、新居昭乃作品の質の高さがここでも裏づけられる見事なコラボレーションとなっている。

新居や保刈といった盟友に加え、海外にも活躍の場を拡げている異色音楽家らがこの作品にそれぞれの絵の具を塗り足していく。"IF BY YES"名義で活動するあらきゆうこが「alone@woods II」に詩の朗読で<とこしえ>の在りかを示唆するように語り始めると、本作でも代表的な世界観を提示する楽曲「Light Lungs Float」において、よく使い込まれた木製家具のようなギター演奏を清水ひろたかが披露している。

また、"minamo"でエレクトロニクス担当として活動する安永哲郎との「にじます」におけるコラボレーションの美しい曲線、木幡光邦のフリューゲルホーン、浅野雅信のサックスがこの上なく心地好い「辺境の庭」は、それぞれ大昔から家の片隅に架けられていた一幅の絵のようだ。

北海道・中標津町という、10分も走れば白樺の原生林が広がるような言わば"辺境"で育った細海は、雪景色に凍える窓の外に何を見て育ってきたのだろう?

保刈久明のギターを中心に据え、観察者としての細海が淡々と記録していく「ホームシック」に、また本作中もっとも絵画的でなおかつ細海の分身とも言える「雨とストーブ」に、どこか幼い頃の音楽家が姿を見せてくれているような気がしてくる。

そこは、音が消された雪原なのではなかったか……。

ある種の幸福感に満ちたそれらの問いかけを包み込むように「Clairvoyance II」でアルバムは幕を閉じる。音楽家の眼差しは雪に閉ざされた窓を透かし、またいっぽうでは自らを愛おしむように内側へと向けられている。彼は応えはするものの、答えを提示してはくれない。すべては留保され、遠い叢に今も預けられたままなのだ。


きわめてプライベートなリビングルーム・ミュージックを実現させた本作を語る上ではもはや重要なこととは思えないが、細海 魚の経歴について補足的に触れておく。

先に述べたように北の町で教育者の家庭に育った細海は小学生でギターを手にし、思春期を英国を中心としたロックミュージックに耽溺して過ごす。高校で放校処分となりかけた細海は「狭い町にはいられなくなった」と当時を述懐、本格的に音楽を学ぶことを理由に東京へ出た。クラシックを学んだ下地が支える繊細さと、ロックをスピリットとして体得した感性はすぐに音楽業界人の目にとまり、以後当時のJポップの多くのレコーディングセッションにアレンジャー/プレイヤーとして参加。そのいっぽうでHEATWAVE、SION with THE MOGAMIといったロック色濃厚なバンドへライブ活動を中心とした参加を経ながら、プロデューサーとしての実績をつみ重ねていく。

'90年代にはネオアコースティックのムーヴメントの中から登場したb-flowerの制作に関る傍ら、自身のユニットSAROで作品をリリースする。ハモンドオルガンやフェンダー・ローズといったヴィンテージ楽器を駆使したオーガニックなサウンドを演奏/エンジニアリングの両面から極めていきつつ、同時に電子音楽への傾倒を強めていく。この頃から、繭(Maju)、neina、hosomiといった名義において海外レーベルでのリリースが積極的に行われ、アンビエントシーンの中にSakana Hosomiの名が記されていくようになる。

また先に述べたb-flowerのリーダーである八野英史とのコラボレーションから'13年Livingstone Daisyとしてアルバム『33 Minutes Before The Light』をリリース。同年、坂本龍一主宰のKizunaworldにあらきゆうこ、エドツワキと共に参加。さらに、永い時間の中でこつこつとつくりあげてきた本作のリリースと、音楽的に充実した時期を迎えていると言ってよい。

細海 魚という、決して声高ではないが確固たる独自性を極めながらもまるで文学作品のようにしずかに音楽を発表していく作家の存在は、日本の音楽シーンにおいて特異ではありながらも、その音楽性の高さがきわめて重要なものであることはここに特記しておきたい。


もしもあなたに天使を見分けられる特技があるのなら、『とこしえ』で本物の天使に会えるだろう。

仮にそうでなかったとしても、作品に触れた途端、これがこの世で最も美しい音楽のひとつだと気づくはずだ。

ただナイーヴに描かれただけの水彩画ではない。ましてや重厚な油絵でもない。

粗末な包装紙の裏側に、細海 魚が幾年もの歳月をかけて丁寧に描き込んでいった一葉のスケッチがこの『とこしえ』という音楽なのである。

そしてそれは、著しく減少傾向にある天使がまだこの世にも生息していることの、一枚の証明書でもあるのだ。

-- <焚火社・想像家> 外間隆史







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