細海魚『6』【定着の回避/消えてゆく時間。】
細海魚の新作『6』が届く。『TOKOSHIE』『LOST』『MORI AND GINGA』『ANOTHER DAY』、そして今年2024年4月にリリースされたばかりの『4am』につづく6枚目のオリジナル・アルバムとなる*。
前作『4am』を愛聴し、しかも先月11月には同作のアナログ盤がリリースされたばかりのタイミングだったこともあって今回の突然のリリースには少なからず驚かされた。戸惑う気持ちそのまま本人に取材すると「車の窓からスナップを撮るみたいな感覚に近い」と、制作期間が異例に短い本作をそう表現してくれた。それだけでは足りない気がしてさらに踏み込むと、
「さっきたばこを吸っている間に何考えていたっけ? みたいな感じ」
との回答である。
あゝ!
このつかみどころのなさ、言ってみれば実体の不在は<香り>に似ているのだと気づく。
<聞香>という文化がある。沈香や白檀、あるいはパロサントなど香木と呼ばれる希少な木を焚いてそのとくべつな成分が放つ香りを愉しむ、文字通り〝香りを聞く〟ある種の作法である。主題や、リスナーに問いかけてくる仕掛けなどいっさい含まない本作『6』は、ちょうどこれらのけむりや香りの不定形な儚さ/美しさを想起させる。
ジャケットの、それこそ「車の窓から撮ったスナップ」そのもののぼんやりした写真が象徴するように中身の音楽もぼんやりして輪郭を伴わない。むしろハッキリしないほうがよいと定義されたアルバムのようにも聴こえてくる。言わばそれは定着の回避であり、消えてゆく時間へのオマージュなのではないか。
しかし本来実体のない<香り>の中にも、甘いとか、古びた懐かしさとか、特徴的なノートがある。
本作の中にも随所にそんなノートは漂っていて、たとえば「Old Brooch」は、タイトルの示すモチーフが古い映写機によって映し出されるようなムードだ。薄手のニットの胸にかけられた母親の懐かしい琥珀のブローチ、そんな光景が薫ってくる。また、「Unqua」**では、フィールド・レコーディングによる音をループであしらい、消えてゆく時間を、あくまで残像/残響としてのみこの世に留まらせている様が思い浮かぶ。いっぽうで、極端に残響させないギターで構成される「Flowers」に至っては、聴いたそばから消えていく趣きさえある。ここまで<執着>を放棄し、定着を避けようとする音楽家の態度は『方丈記』の鴨長明が琵琶をギターに持ち替えたみたいにも見えてくる。
おそらくこれからも細海魚はこんな刹那をスナップショットに収めてはその気分を演奏/録音して歩くのだろう。すでに長いキャリアの音楽家だが、その道行はもしかしたらこの『6』が出発点になるのかも知れない。
外間隆史 [未明編集室]
*2016年リリースの『HOPE』は『細海浩版画集』に添えられた付録という位置づけでオリジナル・アルバムのラインではないとのこと。
**「Unqua(アンクア)」は、神奈川・あざみ野にあるギャラリーの名称。ここでのフィールド・レコーディングとは、今年1月に細海が行ったライヴ後の片づけの時間に店内のピアノを鳴らしながら談笑している風景の録音のことで、タイトルはその店名に由来している。
DN12
¥2,500税込
RELEASE DATE : 2024/12/26